実際に使える英語を身につける

今、英検や、TOEICの点数が、高校、大学、就職の合格条件となっているようで、「小学4年生で、英検準2級を取った。」、「中学卒業までに、英検2級を取らせたい」といった話を聞くたびに、「それで、その人たちは、実際に、外国へ行って、しゃべれるの?」と聞くと、相手は一様に心もとない顔をします。

ペイパーテストと簡単なインタヴューだけでは、外国の学校で数年間英語を使ってきた帰国生ならいざ知らず、頭で覚えただけの英語を使いこなすのは難しそうです。事実、TOEC高得点で入社したはずの新入社員の英語が物の役に立たず、「もっと実際に英語を使える社員をよこせ」と現場から文句が出ているといわれます。

一生に一度、外国に出るのが夢で、20代の半ばで初めて香港に降り立って、ぼうっとしてしまったころ、まだ国外の観光旅行はごく一部の人のもので、ましてや留学は遠い世界の出来事でした。

国際化が言われ、日本人の海外旅行が盛んになった70,80年代、それでもまだ、ドイツ人やイタリア人の英語はひどいものでしたが、グローバル化が言われだしたころから、彼らの英語は驚くほど、癖のないきれいなしゃべり方になりました。

かつて英米の植民地であったフィリピンの巻き舌英語や、独特のインド英語もわかりやすくなっただけでなく、タイの下町の市場のお兄さんや、甘いもの屋のお姉さんも、当たり前のように英語で接客するのにびっくりしたものです。

ルクセンブルグにいる友人の娘は小学5,6年で、家では父親と英語、母親と中国語、学校ではルクセンブルグ語に、英語フランス語ドイツ語、中学ではラテン語を習うと聞いて、大変だなと思いましたが、本人は苦にしているようには見えず、当たり前のこととしていました。

外国の大学のサマースクールで、中国人学生と接すると、中国政府は本気で自国民に英語力をつけようとしているなと、ひしひし感じます。

ハーヴァード大学で同じクラスだった、コロンビアから来た17歳の女子学生は、完璧な英語をしゃべるだけでなく、自分の意見も積極的に発言していました。両親といつも政治や経済について話し合っているそうです。

日本の若い世代は、これからこういう人たちと一緒に、あるいは競い合っていかなければならないと思うと、日本の文科省ののんきさに、危機感を覚えます。

今、グロウバル化が盛んに言われていますが、その前に

国際化が言われだした頃、文法重視の英語教育ではなく、しゃべれる教育をとやかましく言われだして、検定教科書が会話体中心の文章に変わりました。

1年生の最初に、いきなり、’I’m from Canada.’という文が出てきて、生徒は、from を、’出身’と覚えてしまい、それ以外に応用できなくなります。

それだけでなく、たった、2課分、yes, noを含めた簡単な30の例文で、be動詞と一般動詞の疑問文まで進んでしまうのです。

次の課では、頻度の副詞、前置詞のついた副詞、what, how の疑問文のつめこみ。実際、ある区立中では、be動詞と一般動詞の区別をつけず、ただ、’、、です’という意味だとしか教えないそうです。

最初は楽しかった英語が、だんだんわからなくなって、9月には落ちこぼれや、英語嫌いが増えているのも無理はありません。

以前は、新中学生が初めて受ける定期試験の問題は、アルファベットの順番といった誰でもが90点以上とれるような、優しい問題で生徒たちのやる気を継続させました。

このごろではのっけから、「外国人先生の名前と出身校を英語で書け」といったようなむちゃくちゃな問題が出て、点数のとれないことに驚いた親御さんが、そうそうに見切りをつけて、当教室をやめることもあります。

学校では、きちんと教えない品詞、文型は言うに及ばず、文字や発音の仕組みにも踏み込んで教えますので、学校のペイスに追いつくには、2学期半ばになるからです。

基礎が確立すれば、教科書の文自体が簡単で短いですから、本人がやる気で、ワークブックと単語をしっかりやれば、学校の成績は取れます。

私立中は、検定教科書ではなく、新出の文型をしっかり練習させ、長文もそれなりに長い教科書を使っている学校が多いですが、いかんせん進むペイスが速すぎます.高1までに、高3の過程を終わらせるのが売りだそうですが、基本構造や、品詞の役割など踏み込んで教えていず、プリントなどでさらりと説明するだけのようで、試験の解答を見ると、納得いかないまま進んでいるほころびが出ています。

50分ないし、1時間で解けという方が無理な大量の問題数、しかも、英語だけでなく、他の学科にも力を注がなければならず、テストの点数が取れなくても、本人の責任ではないと思いますが、中には、高得点をとる例外的、天才的[?]生徒もいて、先生は、その生徒のレヴェルに合わせているのでしょうか?

伝統的な難関私立中で、検定教科書を使い、無理なく、着実に実力を養い、さすが、と感心する学校もあるのは救いですが。

教育熱心な親御さんが、少しでも良い教育をとの親心で、私立の授業料のほかに、塾にも通わせるのは経済的に大変な負担でしょうが、あくまで学校の授業が土台、どんなに塾の方が分かりやすくても、学校の授業をおろそかにしては、半分の実力しかつきません。

時間的な観点から行っても、どの国の言語であれ、生まれてから、10才くらいまで、約数万時間で母国語の土台を作ります。

日本では、学校での学習時間数が、高校卒業までで、約数百時間、其れで世界有数の言語である英語を使えるようになるなど土台無理な話です。

それでも苦心惨憺しながらも、何とか使えるとこまで持っていく人も少なからずいる、という日本人の優秀さに、逆に感心してしまします。

だからどんなチャンスであれ、ともかく英語に触れるのが大切で、その点毎週決まって英語を学習するのは、有用だといえるでしょう。

中学で、公立中のグループレッスン、高校で、個人のプログレスコース、計6年間らくらく英語教室に通った女生徒が、バドミントンの部活を3年1学期最後までやりとおし、実質7か月の準備で、私立美大に現役合格しました。

美術と国語の得点はすれすれで、英語を100点満点中90点取ったので、「英語で合格した」と言ったのを聞いて、勝因の一つは、学校の勉強をまじめにやったからだ、と確信しました。

教科書の英文をノウトに書き写して、和訳を次ペイジに書き、単語を調べ、課題の問題集は全部やって、答えをチェックする。

ただでさえ部活で時間と精力を取られる生活なのに、決して手を抜くことはありませんでした。かと言って、優等生、秀才タイプでもありません。まじめな性格と、それをやりきるだけの体力がありました。

彼女の姉も一足先に、同じコースで勉強し、同じく吹奏楽部の活動を中学から都立上位高3年の9月まで続け、しかも、100人を束ねる部長となって、あまりの忙しさに、レッスン中居眠りをするのを揺り起こしながらのレッスンでも、一回も休むことはありませんでした。

さすがに現役合格は無理で、浪人になってからは、毎朝6時に起きて自分で弁当をつくり、「おめえは理系なのに、なんでそんなに英語ができるんだ」とクラスメイトに言われながら、予備校の授業の後も自習室で2,3時間勉強してから家に戻るという生活を1日も休むことなく続け、めでたく最難関の国立理系大学に合格。

母親も感嘆するほどの受験勉強への集中は、中高6年間自分のやりたいことに全精力をつぎ込めて、思いの屈折することがないこと、部活動、特に部長の仕事で、様々な体験をすることで判断力などの人間力を身に着けたこと、そして、6年間受験勉強の身で、頭を酷使しなかったことが幸いしたと見えます。

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