初めて’師’と呼べる先生と出会えた1

2016年夏のイェール大学6週間の集中英語講座は、 今までいろんな大学で取ってきた中で、 抜きんでて最高の講座だった。まず、講師陣が素晴らしい。 ハーヴァード大学では、全米各地から応募した教師が、 面接を受けて決まるそうで、それが良いキャリアになり、 講習のあと、台湾に教えに行く、といったこともあるそう。

イェール大の講師(先生teacherではなくinstruct or)は地元の大学で教えている人も多いらしく、この講習で、 20年以上教えているといった人もいて、ハーヴァード大学では、 大学からのあてがいぶちの教材だったが、 イエールでは講師一人一人が自分で教材をえらび、 生徒は大学の本屋で、クラス名と講師の名前を言って、買う。 だから、授業展開も講師のオリジナルで、 昼休みに毎日講師全員が教室に集まって、 打ち合わせをしているのを見た。

読解と英作のクラスでは、スタインベックの中編’ チャーリーと旅して’を6週間で読み切り、日本で、 大作家の作品を一人で読み切るのはなかなかできないので、 達成感があってよかった。

アメリカの大学ではどこでもそうなのか、生徒も講師も、 スターバックスのコーヒーなど飲み物を持ち込むのは当たり前、’ 食べながらやっても良いわよ’という講師もいて、実際、 アメリカ育ちで、中国本土からきた生徒たちとは違う雰囲気の、 中国人の女子学生が、毎朝、バナナの朝食を食べながら、 授業を受けていた。(ちなみに、 翌年に受講したケンブリッヂ大学では、’No Drink, No Food in the room'(飲食物持ち込み禁止)という張り紙が 教室のドアに張ってあった。飲み水は差支えないが)

アフリカ系アメリカンのスピーキングの講師は、 実際にアフリカンダンスのステップを踏みながら、 室内をうごきまわっていたが、発音の講師スーザンも、 かろやかでリズミカルな足取りで登場したと思うと、’ こんなことまで教える講師はいないわよ’ と歯切れよく言いながら、手際よく講義が始まり、私はすぐ、 彼女の言うとおりだと納得した。

私自身が長年教えているせいか、単なる発音の規則の説明や、 練習だけでなく、その言外に何を教えようとしているのかが、 手に取るようにわかるので、私は講義の時間中、 いつもニコニコし、時に声を出して笑うことすらあった。

’そうね、 あなたは私の伝えようとすることをよく理解していたわね、(クラ スの9割近くを占める) 中国人生徒たちはわからなかったみたいだけど’’ あの人たちはまだ若くて経験がないからわからないんですよ’ というと、 彼女はうなづいていた。

’最後にどうしても教えておきたいんだけど、 時間が足りないから’、といって、 時間外にわざわざ教室を手配して教えてくれたけど、 出席者は少なくて、もったいない限りだった。

彼女のハンドアウト(教材プリント)は非常によくできていて、 私は自分のレッスンにそのまま使っている、とメイルすると(講習 が終わっても、やり取りが続いているのは、他大学も含めて、 スーザンだけ) 彼女はほかの資料や参考文献まで送ってくれるという。

勉強熱心なアシスタントに試してみると、その身につき具合から見

て、 これからはらくらく英語教室で学ぶ全生徒に教えれば日本人の苦手 とする’TH’や’R’ の発音が身につくのではないかと期待している。

英語はグローバル世界の主要な共通言語となるだけの論理的構造を 持った言語だと思うが、その全体は、太平洋ほどにも広く、 深くて、私がカヴァーできているのは、良くて、 東京湾ぐらいだが、

離れていてもこちらの意欲次第で、教えてくれる’師’ とつながっていられるのは、私自身だけでなく、 私が教えている生徒にとっても

有益なありがたいことだと思っている。

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